母は 二十歳の頃胸が苦しく 微熱が続き 医師の診断を受けたら 結核 と宣告された・・・!
その当時 結核は 適切な治療方が無く 不治の病とされ
法定伝染病の一つとして、隔離された。
(現在は 法定伝染病とは言わない様であるが・・・
1998年~「法定伝染病と言う言葉は 家畜の伝染病に対して使用される様になった.
1935年~1950年は国内の病気の中で 結核での死亡者が第一位だったと言う!)
隔離の為 母は 岡山県津島市の笹が瀬 と言う小高い山の中腹に 別荘を建てて貰い
一人寂しく 療養生活を送った事が有る・・・!
母に 結核の宣告をした医師が X線を当てると治るから と 母に病院に通う様に指示した・・
*X線(レントゲンの事・・・ 当時は 未だX線と呼ばれていて あまり日本では知られて
いなかった 皆さんご存知の様に X線は レントゲン博士によって発見され 物を透過する
働きがあり 骨や鉱物等は 透過されない為 主に骨の疾患の検査に 使用されている。)
処が 母の知人の有識者より X線を照射して結核が治癒するのは 可笑しい 間違いだ
と教えて戴き 医師に問いただした結果 驚いた事が判明した・・・
お母ちゃん死ぬんやったら うちも死ぬ!!
2009,11/28(Sat)
ー比呂さん コメント有難うございますー
ご主人のご両親も 大変な思いをなさったのですね!
お忙しい中 ご訪問有難う御座います。
ご主人のご両親も 大変な思いをなさったのですね!
お忙しい中 ご訪問有難う御座います。
おはようございます!
主人の母も 主人が産まれた後すぐに結核になり 隔離病棟に2年くらいいたそうです。主人は産まれたばかりで お父さんがやぎの乳を飲ませて育ったそうで・・。一人で仕事と子育てをしないといけなかったおとうさんは その頃はたいへんだったと思います。
お母様も20歳の頃 かかってしまったのですね。
また続きを見させてくださいね^_^;
主人の母も 主人が産まれた後すぐに結核になり 隔離病棟に2年くらいいたそうです。主人は産まれたばかりで お父さんがやぎの乳を飲ませて育ったそうで・・。一人で仕事と子育てをしないといけなかったおとうさんは その頃はたいへんだったと思います。
お母様も20歳の頃 かかってしまったのですね。
また続きを見させてくださいね^_^;