当時 結核の宣告は死の宣告に等しかった! 血を吐いて死ぬと言う残酷な最後が待ち
受けているだけ! しかも 贅沢病で 栄養価の高い高価な食事を摂取しなければ
為らず 家族は大変な思いをした!その上家族にも感染しているのでは無いかと
疑われ 近隣や親類からも疎まれ 爪弾きにされるケースも多々あった・・・!
母は1日も早く この胸の痛みと微熱を取り除きたいと思い 病院の門を叩いたのだが、
意に反して 結核の宣告を受けて仕舞ったのである・・・!!
目の前が 真っ暗になり 医師や看護婦さんの手前 平静を装おうとしたが 手や唇が
ワナワナと震え 抑えることが出来なかった・・・!
先ず 家族にその事を知らせなければ為らない! それに 東京に居る彼にも・・・!
家族には 病院からも 通達が行くが 彼には 如何伝えれば良いのか・・・!
愛しい人が結核に掛かるとは 夢にも思っていない筈である・・・!
母はその場で 直ぐに隔離病棟に入れられ 笹が瀬の別荘が建つまで 隔離病棟で
過ごす毎日となった・・・! まるで死刑囚の様で 刑務所に繋がれて居る思いがした・・・!
お母ちゃん死ぬんやったら うちも死ぬ!!
2009,12/03(Thu)
ーオロチさん コメント有難うございますー
本当にそうですよネ!
特に戦中 戦後は波乱万丈でした・・・
本当にそうですよネ!
特に戦中 戦後は波乱万丈でした・・・
何かドラマみたいな話ですよね・・・
波瀾万丈過ぎです(-_-;)
波瀾万丈過ぎです(-_-;)