お母ちゃん 死んだら あかん!!
2011,02/12(Sat)
続き・・・
1941年(昭和16年)太平洋戦争が始まって、政府は国民に軍事用機器
生産の為に鍋、釜、鋤、鍬等のかな物に加え貴金属の供出を制定した。
国民は、戦争に勝つ為に挙って(こぞって)家庭にある金属製品を供出した!!
国民は生きる為に食べ物を探し漁(あさ)っている。完璧なまでに破壊された
都市での生活は特に悲惨だ!お金の価値は無く、米を持っている農民達は
紙幣を信用しない。都市の住民達は絹の着物や宝石を持ち食料(米・薩摩芋・
じゃが芋・南瓜等)を手に入れる為に超満員の汽車に乗って田舎に「買い出し」
に行っている。
「経済の危機、飢餓の恐怖、闇市を当てに生きる狂気じみたその日暮らしの生活が、
日本社会のあらゆる階層に広がり、全ての日本人の考え方を左右しております。
日本国内の食料は、この先6カ月も持たないだろう。東京地区では、4,2日分
しか無く、都市に広がる食糧不足の危機を救うには輸入によるしかない。」と
マッカーサ-に進言している。
1941年(昭和16年)太平洋戦争が始まって、政府は国民に軍事用機器
生産の為に鍋、釜、鋤、鍬等のかな物に加え貴金属の供出を制定した。
国民は、戦争に勝つ為に挙って(こぞって)家庭にある金属製品を供出した!!
国民は生きる為に食べ物を探し漁(あさ)っている。完璧なまでに破壊された
都市での生活は特に悲惨だ!お金の価値は無く、米を持っている農民達は
紙幣を信用しない。都市の住民達は絹の着物や宝石を持ち食料(米・薩摩芋・
じゃが芋・南瓜等)を手に入れる為に超満員の汽車に乗って田舎に「買い出し」
に行っている。
「経済の危機、飢餓の恐怖、闇市を当てに生きる狂気じみたその日暮らしの生活が、
日本社会のあらゆる階層に広がり、全ての日本人の考え方を左右しております。
日本国内の食料は、この先6カ月も持たないだろう。東京地区では、4,2日分
しか無く、都市に広がる食糧不足の危機を救うには輸入によるしかない。」と
マッカーサ-に進言している。